一般社団法人 日本ボッチャ協会

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JBoAは日本国内の肢体不自由児者を中心とした障がいのある方の競技力向上を目指し、すべての障がいのある方、及び健常者に対して広く一般的にボッチャの振興と普及を図り、ボッチャを通じて障がいの有無関係が無いインクルーシブな社会を実現を目指します。更に、より密接に共生することのできる社会を創造します。

日本ボッチャ協会について
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お知らせNews

ックアップ

日本代表

【Road to LA28】遠藤裕美 #1 「変えない美学」

Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&amp;テキストにてお伝えしていきます。第三回は、世界ランキング2位で世界選手権を迎えた遠藤裕美選手に、大会に挑む、その思いを聞きました。パリでの大躍進から2年。世界ランキングでは頂点にも上り詰め、国際ボッチャ界でも「世界のENDO」の名を轟かせつつある遠藤裕美選手。ここから、さらにその先へ。世界の舞台を前に、遠藤選手が語った言葉とは――。世界選手権への思い、現在のコンディション、現在に至るまでに「大切にしていること」を聞きました。パリ大会では2つのメダル獲得。その後に始めた新ルーティンとは?ー パリから2年が経ち、LAまで2年。パリ大会後には「また次に向けて」というコメントもありましたが、ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?ここまでの道りは、パリ大会は初出場で、個人、そしてチームで2個のメダルを獲得できたっていうところが1番大きいところです。2年経った今は、競技面も、生活面も、あまり変わったことはないですが、でもそれを維持していくっていうのがここ2年すごく大変なことなんだなっていうのを気づかされています。パリ大会が終わってから、始めてることが 1つあって、必ず大会前には「君が代」を聴くっていうのをパリ大会を終えてからのルーティンにしているので、それを欠かさず聴いている方が表彰に上がれる確率は高くなったかなって思います。前は、モチベーションとして、神社に行くとか映画を見に行くっていうのをやってましたけど、忙しすぎてなかなかそこまで行けなくなってきてるので、家で音楽を聴く中でそれを取り入れたのが、結果として繋がっているのかなと思います。ー どんなタイミングで聞くのですか?朝全部支度が終わって、余暇の時間を1時間ぐらい自分で作っていて、その中で30 分好きな音楽を聴いて、そこに国歌を入れるというのをにルーティンにしています。ー 君が代を聞くことで自分が表彰に上がってるイメージをするのでしょうか?イメージはあまり最初はなかったんですけど、大会に行って表彰台に上った時にやっぱり聴いていて良かったなっていう自分の中のイメージができているんだなって思います。君が代が聴けるのは1位のときだけですが、それを継続していくことによって表彰台にずっと上り続ける。本当は生で(君が代を)流せるところにえたところに立っていたけれども、そこがまだ、2年経った今でもランクで上位の選手と当たって、試合をしてあと1歩でまだ届かない部分もあります。2025 年のAO選手権ではそれをしたい(表彰台で君が代を聴きたい)がために国歌を聴き始めて、それで優勝という形に持っていけたので、それをルーティンに取り入れたのが初めてでした。これは、初めて言った話です(笑)。ー その結果、国際大会で毎回表彰台に上がるようになり、世界ランク1位(取材当時/現在は2位)というポジションにいる。この状況をどう捉えているでしょうか?今の気持ちは、正直言ったら大会に出れる身体作りとか、競技面のトレーニングを続けて行けているというのが大事で、そこで試合に臨めて結果が出ているから、気づいたらランクは1位だった。「今の状況をどう捉えていますか?」と聞かれたら、今はそれが 1番に出てくるのかなって思います。気づいたらという感じです。でも、考えてみれば国際大会に出なかったらランクは下がってしまう。だからそれを継続していく自分の身体だったり、トレーニングで技術面をあと2年プラスして、同じことをしていくとなると、それは大変なことかもしれない。けれども、大会に行って表彰台に上がれて、その結果がしっかり形となってみんなに「応援ありがとうございました」と言えるような、コメントが出せるように自分も頑張っていきたいと思います。ー やはり日々の積み重ね、当たり前のことを一つ一つこなしていく身体を作っていくことが結果に結びつくということなのですね。そうですね。 パリの時は、パラリンピック自体がどんな大会なのかというのが多分想像できていなかった。だけど(現在はそれから)2年。2024年から4 年経ってもし(LA大会に)出場できるとするなら、ちょっとプレッシャーはかかるとは思いますが、でもやることは一緒だと思っているので、ここは引き続き継続していきたいなと思います。トップランカーとなっても絶やさぬ笑顔ー 遠藤選手のあのトレードマークといえばプレーしている時も絶やさない「笑顔」。パリ大会の時もすごく笑顔が印象的でしたが、メダリストになり、世界ランク1位になったことでプレッシャーなどを感じることはないでしょうか?基本、大会に行ってみんなに言われるのが「世界ランク1位だね」とかっていう言葉が出るんですけど、だからと言ってあまりどの大会もプレッシャーは感じてないです。でも パリ大会でメダルを獲ったという事実は、(LAで)パラリンピックにもし出場できるとするなら、ちょっとプレッシャーは感じるかもしれない。ですが、自分が楽しめるようなことを見つけながら、楽しみにつなげて、試合に出場できれば今はいいのかなと思っています。ー ご自身の中ではその世界ランキング1位ということより、前回パリ大会パラリンピックでメダルを獲ったということにより重みを感じているということでしょうか?重みがあると思います。しかも「銅」っていう字は金と同じと書くので、やってきたことが13年間かけてやっと獲れたメダルでもあるし、それを振り返った時に重たいなっていうのが第一です。ー パリ大会以降、チーム戦のレギュレーションが変わり、昨年のW杯北京大会を最後にチーム構成も変わりました。その辺りは率直にどう感じられているでしょうか?正直に言ったら、またあの3人でチームを組みたいなって思うのが本音です。ただ、考えてみれば、私は誰かが具合が悪くなって出れなくなって、現地で「交代ですよ」って言われた場面が多くて。だからあの3人(杉村選手、廣瀬選手、遠藤選手)でチームを長年組んでいたというイメージが皆さん残っていると思いますが、実は3回か4 回ぐらいしかないんです。その中でやってきているし、大会に行ってから代わった場面でもなんとか組み立てはできているので、チームの中で1人1人ができることをやるだけだと思っています。なので、そこはあまり、私の中では悩んだりというのはなかったですね。その時のメンバーでできることをやっていくのが大会だと思っているので。急に現地で「誰々が変わります」ってなる可能性もあるわけだし、だから強化合宿の中でトレーニングを積んでいるわけです。想定内のことではなくて、想定外のことをイメージしてた方が大会ではうまく生きていくのかなと思います。変えるもの、変えないもの。ー 先ほど、ルーティンで君が代を聴くようになったという話を頂きましたが、パリ大会後に環境面などでの変化はありましたか?環境面だと、地域トレーナーさんが入ったことです。自分の身体もコンディションも、パリ大会の前に比べたら全然落ち着いているし、去年は故障っていう部分もありましたけど、それでも昨年から3大会で結果が出てるっていう部分で言うと、やることは変えたらかえって崩れるし、いつもと同じようにしていった方が良いのかな。やっぱり1 番は自分ができることで継続できることをやっていくのが1番なのかなと思います。ー 直近では4月にモントリオールでワールドカップがあって、そこでも銀メダルを獲りましたが、その大会前に車椅子を変えましたね。そこはどういうきっかけだったのでしょうか?車(椅子)を変えるのは次のLA大会に向けて、1年前から決まっていたんです。でも、いつ乗り換えるのかという話で。モントリオールが終わってから、世界選手権で乗り換えるのは最善の準備ではないなと思って。それなら4月の1発目の大会、モントリオールで結果が出ても出なくても、自分のパフォーマンスが変わっても、どこが悪かったか、良かったかっていうのが見つけられるのがモントリオール大会。それを踏まえて、世界選手権まで修正して、世界選手権でもまた同じように表彰台に上がるということを自分の中で考えていました。本当に届いたのが1週間前で、そのまま来た状態で1回乗って、遠征に行ってからスタッフさんにも背中の張りを調整とかしてもらった状態でした。なんとか結果は表彰台にはなりましたが、1週間前に車椅子を換えるというのは厳しいんです。なので、厳しいのは分かっていたけれども、乗り換える時期がなかったので、とりあえず行ってみて(という感じでした)。高さも違う、投球フォームも高さが違うことによって感覚が違うので。車椅子が5cm低くなったんです。5cmの違いというのはだいぶ違うし、SA(スポーツアシスタント)している母も多分見え方がだいぶ違ったと思いますし、どうかなと思っていました。これが本当に良かったかと言われたら、結果が出たから良かったと言えば良かったのですが、それでも間に合ってよかったし、結果が出てよかった。本当に感謝の一言です。ー そこから(取材時点で)1 ヶ月以上が経ち、だいぶ馴染んできたのでしょうか?まあ馴染んできたと言えば、馴染んできたのですが、修正する部分というのは多分出ているとは思います。ちょっとタイヤ変えてみたり、手の位置を変えてみたりというのはやっているので。でも、結局LA大会をゴールとして、この車椅子で出場するということを考えたら、LA大会の年に作ったのでは間に合わない。それで、乗り換えるタイミングというのも、世界選手権かなと周りは言っていましたが、世界選手権では間に合わないと感じ、やっぱり4月が1番良かったのかなと思います。ー そのモントリオールも踏まえて、ソウルでの世界選手権があります。そして、次のターゲットはやはりLA大会だと思います。その中で迎える世界選手権に対する思い、意気込みを聞かせてください?世界選手権は、車椅子も変わっているし、それで迎える2大会目です。会場の雰囲気とかも違うだろうし、世界選手権は個人戦だけの出場なので、しっかり表彰台を目指して、チーム戦においては全力で応援するというのを目標にしています。2026年の目標として、表彰台というのを頭には置いているので、しっかり準備をした上で出発できればいいのかなと思います。練習できなかったことは大会でもできないし、だからと言って詰めすぎると余計にできなくなっていう部分があるので。世界選手権前は必ず君が代を聴いて出発します(笑)。***** ***** *****プロフィール遠藤 裕美(えんどう・ひろみ)生年月日:1986年7月14日出身地:福島県クラス:BC1所属:福島県ボッチャ協会主な戦績:【国際大会】パリ2024パラリンピック競技大会 - 3位(個人・BC1女子/BC1/2チーム)Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 準優勝(個人・BC1女子)Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 3位(BC1/2チーム)Montreal 2024 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)Pattaya 2025 Asia-Oceania Regional Championships - 優勝(個人・BC1女子)Beijing 2025 World Boccia Cup - 3位(個人・BC1女子/BC1/2チーム)Seoul 2025 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)Montreal 2026 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)【国内大会】第24回日本ボッチャ選手権(2023) - 優勝(個人・BC1女子)第25回日本ボッチャ選手権(2024) - 優勝(個人・BC1女子)第26回日本ボッチャ選手権(2025) - 優勝(個人・BC1女子)第27回日本ボッチャ選手権(2024) - 準優勝(個人・BC1女子)

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【Road to LA28】一戸彩音 × 一戸賢司 #1 「パリの悔しさを、力に変えて。」

Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&amp;テキストにてお伝えしていきます。第二回は、世界選手権を目前に控えた一戸彩音選手と、ランプオペレーターとして支える一戸賢司選手、それぞれに今の思いを聞きました。パリで味わった、あの日の「不完全燃焼」。そこから、何を考え、何を変え、どんな時間を積み重ねてきたのか。「パリから、どれだけ成長できたのか。」選手として。そして、ランプオペレーターとして。2人が語る、あの悔しさの先にある現在地。世界選手権前に2人が語ってくれた想いに迫ります。パリでの経験。悔しさを、力に変えて。<彩音選手>ー パリから2年が経ち、LAまで2年。ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?パリの直後は、悔しい気持ちでなかなか立ち直れなかったんです。燃え尽き症候群のような思いと、燃え尽き切れなかった症候群というか、燃え尽ききらずに終わってしまったというような感覚でした。そこからLAパラリンピックに向けて再スタートを切って、まず2025年はチャレンジしていこうという年にしました。自分のテクニックであったり、戦術であったり、生活面であったり、色々チャレンジした一年でした。そのチャレンジをしていく中で、パタヤのAO選手権では個人3位、ペアで優勝。それからW杯など国際大会で1年間ずっと表彰台に上がってきた中で、なにかふわふわしているというか「自分はここにいてもいいんだろうか?」という感覚でした。今年度は4月にモントリオールW杯に出て、個人戦ではブラジルの選手に負けてしまいました。タイブレークまで持ち込んだのですが、最後はまだ勝ち切る力がないのかなと、あとで痛感しました。ソウルではまず、勝ち切ることを自分の中で意識していきたいと思っています。ー パリで初めて出場したパラリンピック。他の大会とはやはり違う何かがあったのでしょうか?パラリンピックに向けて、多くの選手たちは3年間とか4年間をかけて調整していく中で、私自身は国際大会に出始めてから2年間という中での調整でした。皆さんはもっと熱い気持ちがあったと思うんですが、私は敗退が決まった後も、大会期間中はそこまで悔しいという感覚がなくて、いつの間にか終わってしまったという感覚でした。それで、少し時間が経ってから悔しさが込み上げてきたという感じでした。パラリンピックはパラスポーツの世界では一番大きな大会なので、たぶん自分の中でそこまで意識していなかったつもりが、本当はかなり意識していたんだなと感じました。ー 初めてのパラリンピックは「悔しいとすら思うまもなく、いつのまにか終わってしまった。」その経験を通して改善しなければならないことがより明確になったのでしょうか?角度を変えて、明確に自分に足りないところ、生活面であったり、競技面であったり、メンタル面だったり、全て足りないものは見えたのかなと思います。ー 世界の舞台でも有力選手として認識されてきた実感もありますか?初めの頃は、海外に行っても「この人誰だ?」という感じで、皆さんからもそういう扱いをされていたけれど、最近は「あっ、彩音だ!」みたいな感じで、だいぶフレンドリーに関わるようになっていて、皆さんに認めてもらったというか。有力選手とまではいきませんが、少しは覚えてくれるようになったのかなと思います。二人三脚。ランプオペレーターとして。父として。<賢司選手>ー ランプオペレーター(RO)としてご自身の中で意識していること、変わってきたことはありますか?僕としては、スタンス的には、やはり彼女(彩音選手)をどこまでサポートしていけるか。ランプオペレーターとして競技面では最善のパフォーマンスを彼女が発揮できるように僕も最善を尽くす。というところでは、生活面の中で体調管理については、ちょっとするようになりました。最初はそれほど意識をしていなかったのですが、自分の体調をしっかり管理しないと彼女のパフォーマンスに影響するということを意外と痛感しているんです。年齢を重ねていくと、なかなか身体が言うことを聞いてくれなかったり(笑)。身体を「鍛えている」わけではないのですが、自分の身体がうまく動くようにしています。いざというときに足がつりそうになったり、そういうことでパフォーマンスを落としたくないなと。そういう部分で意識するようにはなりました。あとは、ずっと変わらずなのですが、ボールの調整であったり、ランプなどの道具の調整であったりというところは、人一倍気をつけて意識をして、少しでもボールがまっすぐに転がってくれるように常日頃、行動するようにはなっています。冗談話かもしれないですけど、例えばホームセンターとか100円均一のお店とかに行ったときに「あっ、これ使えるな。」「ひょっとしたらこれランプにこういう風にしたら使えるかな。」と、何かそういう目で見てしまうという。変な感じなんですけど、常にそういうことを意識するようになってきたかなということを感じています。パリ前からもそういうことはあったのですが、より何か今こういうことで困っているということに対して、常日頃からよく考えているので、普段買い物をしているときでもそういうことを、ふっと思ったりするようにはなりました。よくそういうことを彼女にも「これどう思う?」ということをホームセンターなどでも話したりしているような気はします。ー 選手(RO)としてパラリンピック出場を経験したことで、意識が変わったでしょうか?まず、パラリンピックというものに出場させていただいて、その前からたぶん周りの方々が気づいているのか、僕も気づいているのか気づいていないのかっていうのはあるのですが、特別な大会に出るから、「やらなきゃ」という、なにかちょっと変な意識はあったのかなというのは感じています。パリ大会が終わって、彼女も言ってましたけど燃え尽きることもなく、みたいな感じだったんですね。そこまで行けていないという、完全に自分たちの力を発揮できずに終わってしまったなという印象で。帰ってきて、とても悔しいなというのは感じました。現地で負けたとき、ペア戦で予選敗退した時というのはもちろん悔しかったんですが、それよりも帰ってきてからの方が、何か余計に悔しさを感じることが多かったかなと思います。しばらくボッチャはあまり練習しなかったような気がします。あまりボッチャに触れたくないというわけでもないんですけど、ちょっと距離を置こうかなっていう感じはありました。悔しい中にも、燃え尽きてないし、やっぱりもっともっと気持ちを持ち上げて、次のLA大会に向けてと思う気持ちはあるのですが、なかなかついていかなくて。そこでちょっと葛藤している感じで、パリ大会が終わってからしばらくボッチャから離れてゆっくりしたような気はします。(彩音)でも、賢司さんは立ち直り早かったですよ。(笑)早かったかな?(彩音)私の方が引きずってた気がする。LAに向けて、パリ大会が終わってからは国際大会がすぐになかったので、次の大きな大会は日本選手権の本戦でした。そこで勝ち上がっていくことで、また国際大会に出れるかが決まる。やはり、出たいので、頑張らなきゃというところで、ちょっと彩音さんのモチベーションが下がっているところを「やるよ」と促しました。なんというか、ROとして同じ選手としての目線もあり、家族という父親という立場もあり、娘との関係なんだろうなと。親子という関係性とボッチャのROと選手という関係性のバランスがなかなか難しいんですけど、親として怒っているときもあると思いますし、それでも「なんとかやっていこう」と気持ちを持ち上げて、無理やり練習に連れて行ったりとか、そういうところからちょっとずつ持ち上げていったという感じです。変わってきたボッチャに向き合う姿勢と関係性ー パリでの経験を経て、ボッチャに対する向き合い方が変化してきたのでしょうか?(彩音)二人で乗り越える力がついたのかなと思います。(賢司)そうですね。ROって普段は後ろを向いてるので、どういう試合をしているかというのは、実際には見ていないのでわからないんです。それでもずっと練習を一緒にやっていると、彼女のやっていること、ランプをどこに持ってきて、どんなボールを使ったかというところで、練習の中で戦術の共有をしているので、だんだんわかってくるんですね。そこをもっともっと、自分もROなんだけれど「パパだったらどうする?」っていうことをよく聞いてくるようになったかなと思います。それで僕も感じることを「これぐらいでいいんじゃないのかな」とか「こうかな」とか、練習の中で「あそこはこうした方がよかったんじゃない?」というようなことをどんどん言うようになったかなと思います。色々なところで彼女一人が考えるのではなくて、ROですけど、ペアとしてひとつの目標に向かっていくのに選択肢が1つじゃなくて、2つあった方が良い。試合のとき、どちらを選ぶかは、最終的には彼女の選択になるんですけれど、選択肢・違う目線がいっぱいあると、広く見れるのでそういうことを意識するようになったし、お互いによく話をして、練習に挑んでいる感じがします。ー 最後にLA大会に向けても非常に重要な位置付けとなる世界選手権がいよいよ迫ってきました。大会に向けての意気込みをお聞かせください。(彩音)LAに向けて、私は初めての世界選手権でもちろん良いメダルを獲って帰ってきたいですけど、それよりも自分の満足いく観てくださる観客がすごい試合だと、面白い試合だと、そう思っていただけるような試合をしたいと思っています。(賢司)まずはLAの前に世界選手権というところで、ランプオペレーターとして、選手という立場で参加させてもらうので、気を張って彼女のサポートをどこまでしっかりとできるかということをもう一回自分の中で考え直して、改めて気持ちを引き締めて、しっかりとボールの調整から道具の調整、生活面のケアのところまで、やれることはしっかりとやって、楽しんできたいと思います。***** ***** *****プロフィール一戸 彩音(いちのえ・あやね)生年月日:2006年3月26日出身地:東京都クラス:BC3所属:スタイル・エッジ株式会社出身校:東京都小平特別支援学校一戸 賢司(いちのえ・けんじ)生年月日:1967年12月14日出身地:奈良県クラス:BC3所属:スタイル・エッジ株式会社主な戦績【国際大会】・Bahrain 2022 World Boccia Cup - ベスト8(個人・BC3女子)・Montreal 2023 World Boccia Cup - 4位(個人・BC3女子)・Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 準優勝(個人・BC3女子)・Coimbra 2024 World Boccia Paralympic Qualification Tournament - 準優勝(BC3ペア)・Montreal 2024 World Boccia Cup - 優勝(BC3ペア)・Pattaya 2025 Asia-Oceania Regional Championships - 優勝(BC3ペア)・3位(個人・BC3女子)・Beijing 2025 World Boccia Cup - 優勝(BC3ペア)・ 2位(個人・BC3女子)・Seoul 2025 World Boccia Cup - 優勝(個人・BC3女子)・Montreal 2026 World Boccia Cup - 2位(BC3ペア【国内大会】・第6回全国ボッチャ選抜甲子園(2021)- 優勝(チーム)・第7回全国ボッチャ選抜甲子園(2022)- 3位(チーム)・第24回日本ボッチャ選手権(2023) - 優勝(個人・BC3女子)・第8回全国ボッチャ選抜甲子園(2023) - 優勝(チーム)・第25回日本ボッチャ選手権(2024) - 優勝(個人・BC3女子)・第26回日本ボッチャ選手権(2025) - 優勝(個人・BC3女子)

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ボッチャW 杯東京⼤会、2027 年12 ⽉に開催決定!

ロサンゼルス2028パラリンピック競技⼤会への最終ポイント獲得⼤会として東京体育館にて開催⼀般社団法⼈⽇本ボッチャ協会は、2027年12⽉に東京体育館(東京都・渋⾕区)にて、「ボッチャワールドカップ東京⼤会(Tokyo 2027 World Boccia Cup)」を開催することを決定しました。本⼤会は、ボッチャの国際競技統括団体であるWorld Bocciaが年間4⼤会程度開催する主要⼤会のひとつです。パラリンピック出場権獲得につながるランキングポイントを獲得できる⼤会であり、ロサンゼルス2028パラリンピック競技⼤会に向けて、選⼿たちにとって重要な位置付けとなります。特に本⼤会は、ロサンゼルス2028パラリンピック競技⼤会の出場権獲得に向けて、World Bocciaが主催するランキングポイントを獲得できる最後の⼤会となる予定です。世界各国からトップ選⼿が集い、熱戦が繰り広げられることが期待されます。なお、ロサンゼルス2028パラリンピック競技⼤会の出場選⼿は、ランキング及び⼤陸枠によって出場権を獲得した選⼿に加え、その後に⾏われる最終予選会を経て決定します。最終予選会には、ランキングおよび⼤陸枠による出場権を獲得していない各⼤陸の上位選⼿が出場する予定です。また、本⼤会は、東京都がスポーツ振興や都市のプレゼンス向上を⽬的として実施する国際スポーツ⼤会誘致・調査⽀援を活⽤し、誘致・開催に向けた⽀援を受け、このたび、東京での開催が決定しました。⽇本ボッチャ協会は、世界のトップアスリートが集う国際⼤会を東京で開催することで、東京2020⼤会のレガシーを継承するとともに、ボッチャ競技の更なる普及・発展につなげてまいります。また、本⼤会を通じて、競技の魅⼒を広く発信するとともに、より多くの⽅々にボッチャに親しんでいただける機会を創出してまいります。⼤会の詳細や今後の取り組みについては、⽇本ボッチャ協会から順次発信してまいります。今後の発信にぜひご注⽬ください。<Tokyo 2027 World Boccia Cup 開催概要>【⽇程】2027年12⽉8⽇(⽔)〜15⽇(⽔)【会場】東京体育館(東京都渋⾕区千駄ヶ⾕1-17-1)【主催】World Boccia【主管】⽇本ボッチャ協会

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【Road to LA28】杉村英孝 #1 「まだ、強くなれる。」

Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&amp;テキストにてお伝えしていきます。その第一回は、世界選手権を目前に控えた、火ノ玉JAPAN・杉村英孝選手に直撃。パラリンピック3大会連続メダリストとして、長年日本のボッチャ界を牽引してきた杉村選手。しかし、世界の頂点を目指す挑戦はまだ終わっていません。8月27日から韓国・ソウルで開幕する「Seoul 2026 World Boccia Championships」は、LA28パラリンピックにもつながる重要な一戦。世界ランキング7位の杉村選手が、今大会に懸ける思いとは?「今の自分だからこそできること」「世界で勝つために磨いてきたもの」「成長のための新たな視点」そして、2年後のLA28へ――。世界選手権直前だからこそ聞けた、杉村英孝選手の“本音”に迫ります。パリから2年。ここまでの道のり。ー パリから2年が経ち、LAまで2年。ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?そうですね。パリ大会から2年が経って、まぁパリが終わった後から、もうすぐLAに向かって動こうっていう気持ちではいたのですが、パリでの振り返りをする必要は、もちろんあるんですけれど、個人戦で8位、団体戦で3位という結果を踏まえて、まだまだ納得できるような結果では自分自身はなかったですし、この悔しさとか、また経験を1つ積んで、またLAに向けて頑張っていきたいなと思っていました。ー 前回王者として臨んだパリ大会では、個人戦に関しては8位。次に向けてまた炎を灯されたのでしょうか?東京大会で金メダルを獲って、連覇の挑戦権というものは自分にしかないものだったと思います。そこを目指して大会に挑んだわけですが、なかなか厳しい結果となって。そんな中で出た課題として、自分自身、まだまだ視野が狭いなと思ったのがパリ大会の振り返りです。競技も20年以上やっていますし、色々な経験も積ませてもらってきていますが、まだなお経験していないことが色々あって、まだまだ視野が狭いなと感じた大会でした。4年後に向けては、そこの部分をちょっと意識して取り組んでいこうかなと思いました。ー 東京からパリまでの準備期間は3年でした。それに比べて、パリからLAへのこの4年間というのは、またちょっと違うものになっているでしょうか?そうですね。パリまでは本当に短く感じましたし、LAについては、今まで通りの4年サイクルでの準備になっていきます。1年でできることというものは、やっぱり多いと思いますので、その1年の中で自分をいかに成長させていけるか。というものが、やはり4年間の過ごし方の中では、あると思います。その1つ1つ、1年1 年の目標や目的をしっかり明確にした上で準備していくことが、4 年後につながっていくのかなという風に思って、今取り組んでいるところです。ー パリ大会以降に出場してきた国際大会では、ここまである程度手応えが得られたものだったのでしょうか?AO選手権では、手応えというか、色々と新たな取り組みですとか、協会としても、また火ノ玉ジャパンとしても、新しい体制の中での初陣だったので、今までとはまた違った中での戦い方というのがあったと思います。また個人としても、いかにその中で自分のパフォーマンスを上げていけるか、ということに取り組み始めた最初の大会でした。さらに強豪がひしめくアジアの中で3位が獲れたということは、自分としては手応えもあった大会になりましたし、ステップアップになる大会になったのかなと思っています。「まだ、強くなれる。」個人として得た課題とチームとして得た自信ー その後、W杯では北京大会はプレーオフで敗退、ソウル大会はグループラウンドで敗退と、2大会連続そういう結果も続きました。この経験はどう捉えていますか?そうですね、北京に関しては、コートとか外的環境も含めた対応がなかなかしきれなかった部分がありました。そういった面もありますし、ソウル大会については、本当に7年か8年ぶりに予選敗退を喫してしまいました。試合に入るまでは割と調子もいいというか、「あっ、これ行けるかな」という感覚があった中での、予選敗退だったんです。自分自身は足元を掬われたわけではないとは思っているのですが、自分がうまくいっていても、更にそれを超えるパフォーマンスを相手選手はやってきました。その中で自分が対応しきれなかったというのもありましたし、精神的な部分から、崩れてしまった部分もあったのかなという風に思います。そういった部分で、修正力という部分でも、まだまだ足りない部分を感じた大会になりました。2025年は、3つの大会に出させてもらった中での、そういった経験というものが、また自分の日頃の練習とか、合宿などでの取り組みに繋がっていると思います。やはり失敗から得られるものって、成功した時よりも多く得られると思うし、それが身になってるように思うので、少しクリアして、また自分がパワーアップできるように、取り組んでいる段階かなというところですね。ー 直近では今年に入ってからW杯モントリオール大会で銅メダルを獲得。チームとしても全クラスがメダルを獲るという大会となりました。杉村選手自身としても、チームとしても、世界選手権に向けて勢いを感じられる大会となったのでしょうか?そうですね。モントリオールについては、参加した選手全員がメダルを獲るというこれまでにない快挙を成し遂げることができました。その部分については自信を持っていいと思うし、モントリオールに向けては個々のパフォーマンスをどうしたら上げていけるだろうかと考えて取り組むことに焦点を当てて、みんなが取り組んでいました。そこに対して、選手、スタッフ含めて、考え、色々試しながら、行動ができたと思っているので、それが形になっていくことはすごく大きいと思いますし、さらに質を上げていくことで、また次に繋がっていくと思えた大会でした。チーム戦レギュレーションの変更がもたらす変化ー チーム戦もパリ大会で銅メダルを獲得してから、次のLA大会に向けて、同じクラスからは2人出ることができない形にレギュレーションが変わりました。この点に関する影響をどのように受け止めていますか?そうですね。 レギュレーションが変わって同じクラスから2人出られなくなったということで、パリ大会の時のチーム構成では、今後ルールが戻らない限り出ることはできません。その組み合わせが作れないようになってしまったのですが、その部分については、正直残念というか、悔しいというか。実際、廣瀬君とずっと長い間チームを組んで戦ってきたので、 個人としてもチームとしても、悲願としては「パラリンピックのチーム戦で金メダルを獲る」ということで、みんな取り組んできたので。そういった部分では、その構成では叶えることができなかったというのが、やっぱり悔しい部分ではあります、でも、新しいレギュレーションで、新しいメンバー構成の中でも、チームとしての強みとか、今までにはなかった「できること」とかがまたあると思います。それはまだまだ探している段階ではありますが、1人1人の違いを強みに変えて、また新しいチームを、作っていくことができたらいいなと思っています。今、チーム全体として、誰が出ても、どういう組み合わせであっても、チームとして成り立つ、試合に挑める、そして勝てるチームをつくっていくという方針なので、ルールはルールとしてしっかり受け入れて、LA大会に臨みたいなと思います。ー 廣瀬選手と杉村選手が一緒にチームとして組むことはもう叶わないということになり、2人が1つの枠を争うということにもなります。廣瀬選手とのライバル関係という点についてはどう考え、感じられてますか?そこはルールどうこうよりも、これまでもずっと、廣瀬君とは日本一を争わせてもらっていますし、日本選手権での優勝の意味合いというものがどんどん大きくなってきていると思います。だからこそ、お互いが負けられないという強い気持ちを持っていると思います。もちろん、人間なのでミスもあるし、うまくいかないこともありますが、お互いに日本選手権の舞台で、最高のパフォーマンスを見てくれてる方々に届けるということを自分は持っているし、きっと廣瀬君も持っていると思います。その中でお互いが切磋琢磨しあって、日本のレベルを見せていくことが、その先の火ノ玉JAPANの強化にもつながっていくと思います。そういう気持ちで、日本選手権に臨ませてもらっています。ー 一方、チーム戦ではパリ大会でブレイクした遠藤選手が世界ランキング個人で1位(インタビュー実施時点)。すごく頼もしい存在になっているのではないでしょうか?遠藤選手には、彼女の強みがあるので、そのストロングポイントを最大限に生かして戦っている。その結果が世界ランク1位なのかなと思います。そこに加えて、やっぱり彼女の明るさとか、チームを和ませてくれるキャラクターとか、そういうものも含めて、信頼も置けるし、尊敬している選手の一人ですね。多様な戦い方や考え方に触れることで広がる視野ー パリ大会以降で環境面や競技面でレギュレーション以外ではなにか変化はあったでしょうか?そうですね。最初に言ったようにパリ大会では視野が狭かったということを先ほどお話しさせてもらいましたが、そういう意味でパリ大会以降、健常のアスリートの方々との練習機会や試合の機会を増やしています。また地域練習会などに出向いて、いろんな選手と対戦する中で、色々な戦い方とか、考え方を学ばせてもらっている。そんな機会を作っています。他にも、Bチャレにも参加をさせていただき、コーチ講習やトレーナー講習を受けさせてもらっているのですが、 コーチやトレーナーの方々の目線、ボッチャに対する考え方、関わり方、選手に対する関わり方というものを知ることも大切だと思い、積極的に参加するようになっています。そうすると自分の競技環境だけでは得られないもの、発見や気づきといったものがあるので、それを自分の中に吸収しています。競技をするだけではなくて、いろんな観点からボッチャを感じられることによって、試合で生かせることがあるのではないかと思っています。そういうところからも、自分の視野をどんどん広げていけたらいいのかなと思っています。ー 最後にLA大会に向けても非常に重要な位置付けとなる世界選手権がいよいよ迫ってきました。大会に向けての個人的な意気込みとキャプテンとして火ノ玉JAPANとしての意気込みをお聞かせください。やっぱり世界選手権は、ロサンゼルスパラリンピック出場に向けて、やはり勝たなければいけない大会だと思ってますし、勝つことで、ぐっと近づいてくる、というところは間違いないと思います。そういった部分で「勝ちにこだわる」ことを自分自身は考えています。火ノ玉JAPANとしても、常に挑戦の気持ちと感謝の気持ちを持って取り組んでいます。地元の練習ですとか、火ノ玉JAPANとして取り組んできているものを出し尽くすことで、結果がついてくるのかなと思っています。やっぱりチームは、ひとつになることで強くなれると思っているので、私たち選手・スタッフだけではなくて、応援してくれる方々も含めて、本当 に1つに結束して、大会に挑んでいきたいなと思っています。ですので、また多くの方から熱い応援を、後押しをいただきながら、戦っていきたいなと思っています。***** ***** *****プロフィール杉村 英孝(すぎむら・ひでたか)生年月日:1982年3月1日出身地:静岡県クラス:BC2所属:TOKIOインカラミ出身校:静岡県立中央特別支援学校主な戦績:パリ2024パラリンピック BC1/BC2チーム 銅メダル東京2020パラリンピック BC2男子 金メダル東京2020パラリンピック BC1/BC2チーム 銀メダルリオ2016パラリンピック BC1/BC2チーム 銅メダル

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日本代表チームJapan national team

火ノ玉JAPAN

勇気と知性を持って勝利をめざし、
魂を込めて戦う。
それが、ボッチャ日本代表
「火ノ玉ジャパン」です。

火ノ玉JAPANとは
日本代表

【Road to LA28】遠藤裕美 #1 「変えない美学」

Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&amp;テキストにてお伝えしていきます。第三回は、世界ランキング2位で世界選手権を迎えた遠藤裕美選手に、大会に挑む、その思いを聞きました。パリでの大躍進から2年。世界ランキングでは頂点にも上り詰め、国際ボッチャ界でも「世界のENDO」の名を轟かせつつある遠藤裕美選手。ここから、さらにその先へ。世界の舞台を前に、遠藤選手が語った言葉とは――。世界選手権への思い、現在のコンディション、現在に至るまでに「大切にしていること」を聞きました。パリ大会では2つのメダル獲得。その後に始めた新ルーティンとは?ー パリから2年が経ち、LAまで2年。パリ大会後には「また次に向けて」というコメントもありましたが、ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?ここまでの道りは、パリ大会は初出場で、個人、そしてチームで2個のメダルを獲得できたっていうところが1番大きいところです。2年経った今は、競技面も、生活面も、あまり変わったことはないですが、でもそれを維持していくっていうのがここ2年すごく大変なことなんだなっていうのを気づかされています。パリ大会が終わってから、始めてることが 1つあって、必ず大会前には「君が代」を聴くっていうのをパリ大会を終えてからのルーティンにしているので、それを欠かさず聴いている方が表彰に上がれる確率は高くなったかなって思います。前は、モチベーションとして、神社に行くとか映画を見に行くっていうのをやってましたけど、忙しすぎてなかなかそこまで行けなくなってきてるので、家で音楽を聴く中でそれを取り入れたのが、結果として繋がっているのかなと思います。ー どんなタイミングで聞くのですか?朝全部支度が終わって、余暇の時間を1時間ぐらい自分で作っていて、その中で30 分好きな音楽を聴いて、そこに国歌を入れるというのをにルーティンにしています。ー 君が代を聞くことで自分が表彰に上がってるイメージをするのでしょうか?イメージはあまり最初はなかったんですけど、大会に行って表彰台に上った時にやっぱり聴いていて良かったなっていう自分の中のイメージができているんだなって思います。君が代が聴けるのは1位のときだけですが、それを継続していくことによって表彰台にずっと上り続ける。本当は生で(君が代を)流せるところにえたところに立っていたけれども、そこがまだ、2年経った今でもランクで上位の選手と当たって、試合をしてあと1歩でまだ届かない部分もあります。2025 年のAO選手権ではそれをしたい(表彰台で君が代を聴きたい)がために国歌を聴き始めて、それで優勝という形に持っていけたので、それをルーティンに取り入れたのが初めてでした。これは、初めて言った話です(笑)。ー その結果、国際大会で毎回表彰台に上がるようになり、世界ランク1位(取材当時/現在は2位)というポジションにいる。この状況をどう捉えているでしょうか?今の気持ちは、正直言ったら大会に出れる身体作りとか、競技面のトレーニングを続けて行けているというのが大事で、そこで試合に臨めて結果が出ているから、気づいたらランクは1位だった。「今の状況をどう捉えていますか?」と聞かれたら、今はそれが 1番に出てくるのかなって思います。気づいたらという感じです。でも、考えてみれば国際大会に出なかったらランクは下がってしまう。だからそれを継続していく自分の身体だったり、トレーニングで技術面をあと2年プラスして、同じことをしていくとなると、それは大変なことかもしれない。けれども、大会に行って表彰台に上がれて、その結果がしっかり形となってみんなに「応援ありがとうございました」と言えるような、コメントが出せるように自分も頑張っていきたいと思います。ー やはり日々の積み重ね、当たり前のことを一つ一つこなしていく身体を作っていくことが結果に結びつくということなのですね。そうですね。 パリの時は、パラリンピック自体がどんな大会なのかというのが多分想像できていなかった。だけど(現在はそれから)2年。2024年から4 年経ってもし(LA大会に)出場できるとするなら、ちょっとプレッシャーはかかるとは思いますが、でもやることは一緒だと思っているので、ここは引き続き継続していきたいなと思います。トップランカーとなっても絶やさぬ笑顔ー 遠藤選手のあのトレードマークといえばプレーしている時も絶やさない「笑顔」。パリ大会の時もすごく笑顔が印象的でしたが、メダリストになり、世界ランク1位になったことでプレッシャーなどを感じることはないでしょうか?基本、大会に行ってみんなに言われるのが「世界ランク1位だね」とかっていう言葉が出るんですけど、だからと言ってあまりどの大会もプレッシャーは感じてないです。でも パリ大会でメダルを獲ったという事実は、(LAで)パラリンピックにもし出場できるとするなら、ちょっとプレッシャーは感じるかもしれない。ですが、自分が楽しめるようなことを見つけながら、楽しみにつなげて、試合に出場できれば今はいいのかなと思っています。ー ご自身の中ではその世界ランキング1位ということより、前回パリ大会パラリンピックでメダルを獲ったということにより重みを感じているということでしょうか?重みがあると思います。しかも「銅」っていう字は金と同じと書くので、やってきたことが13年間かけてやっと獲れたメダルでもあるし、それを振り返った時に重たいなっていうのが第一です。ー パリ大会以降、チーム戦のレギュレーションが変わり、昨年のW杯北京大会を最後にチーム構成も変わりました。その辺りは率直にどう感じられているでしょうか?正直に言ったら、またあの3人でチームを組みたいなって思うのが本音です。ただ、考えてみれば、私は誰かが具合が悪くなって出れなくなって、現地で「交代ですよ」って言われた場面が多くて。だからあの3人(杉村選手、廣瀬選手、遠藤選手)でチームを長年組んでいたというイメージが皆さん残っていると思いますが、実は3回か4 回ぐらいしかないんです。その中でやってきているし、大会に行ってから代わった場面でもなんとか組み立てはできているので、チームの中で1人1人ができることをやるだけだと思っています。なので、そこはあまり、私の中では悩んだりというのはなかったですね。その時のメンバーでできることをやっていくのが大会だと思っているので。急に現地で「誰々が変わります」ってなる可能性もあるわけだし、だから強化合宿の中でトレーニングを積んでいるわけです。想定内のことではなくて、想定外のことをイメージしてた方が大会ではうまく生きていくのかなと思います。変えるもの、変えないもの。ー 先ほど、ルーティンで君が代を聴くようになったという話を頂きましたが、パリ大会後に環境面などでの変化はありましたか?環境面だと、地域トレーナーさんが入ったことです。自分の身体もコンディションも、パリ大会の前に比べたら全然落ち着いているし、去年は故障っていう部分もありましたけど、それでも昨年から3大会で結果が出てるっていう部分で言うと、やることは変えたらかえって崩れるし、いつもと同じようにしていった方が良いのかな。やっぱり1 番は自分ができることで継続できることをやっていくのが1番なのかなと思います。ー 直近では4月にモントリオールでワールドカップがあって、そこでも銀メダルを獲りましたが、その大会前に車椅子を変えましたね。そこはどういうきっかけだったのでしょうか?車(椅子)を変えるのは次のLA大会に向けて、1年前から決まっていたんです。でも、いつ乗り換えるのかという話で。モントリオールが終わってから、世界選手権で乗り換えるのは最善の準備ではないなと思って。それなら4月の1発目の大会、モントリオールで結果が出ても出なくても、自分のパフォーマンスが変わっても、どこが悪かったか、良かったかっていうのが見つけられるのがモントリオール大会。それを踏まえて、世界選手権まで修正して、世界選手権でもまた同じように表彰台に上がるということを自分の中で考えていました。本当に届いたのが1週間前で、そのまま来た状態で1回乗って、遠征に行ってからスタッフさんにも背中の張りを調整とかしてもらった状態でした。なんとか結果は表彰台にはなりましたが、1週間前に車椅子を換えるというのは厳しいんです。なので、厳しいのは分かっていたけれども、乗り換える時期がなかったので、とりあえず行ってみて(という感じでした)。高さも違う、投球フォームも高さが違うことによって感覚が違うので。車椅子が5cm低くなったんです。5cmの違いというのはだいぶ違うし、SA(スポーツアシスタント)している母も多分見え方がだいぶ違ったと思いますし、どうかなと思っていました。これが本当に良かったかと言われたら、結果が出たから良かったと言えば良かったのですが、それでも間に合ってよかったし、結果が出てよかった。本当に感謝の一言です。ー そこから(取材時点で)1 ヶ月以上が経ち、だいぶ馴染んできたのでしょうか?まあ馴染んできたと言えば、馴染んできたのですが、修正する部分というのは多分出ているとは思います。ちょっとタイヤ変えてみたり、手の位置を変えてみたりというのはやっているので。でも、結局LA大会をゴールとして、この車椅子で出場するということを考えたら、LA大会の年に作ったのでは間に合わない。それで、乗り換えるタイミングというのも、世界選手権かなと周りは言っていましたが、世界選手権では間に合わないと感じ、やっぱり4月が1番良かったのかなと思います。ー そのモントリオールも踏まえて、ソウルでの世界選手権があります。そして、次のターゲットはやはりLA大会だと思います。その中で迎える世界選手権に対する思い、意気込みを聞かせてください?世界選手権は、車椅子も変わっているし、それで迎える2大会目です。会場の雰囲気とかも違うだろうし、世界選手権は個人戦だけの出場なので、しっかり表彰台を目指して、チーム戦においては全力で応援するというのを目標にしています。2026年の目標として、表彰台というのを頭には置いているので、しっかり準備をした上で出発できればいいのかなと思います。練習できなかったことは大会でもできないし、だからと言って詰めすぎると余計にできなくなっていう部分があるので。世界選手権前は必ず君が代を聴いて出発します(笑)。***** ***** *****プロフィール遠藤 裕美(えんどう・ひろみ)生年月日:1986年7月14日出身地:福島県クラス:BC1所属:福島県ボッチャ協会主な戦績:【国際大会】パリ2024パラリンピック競技大会 - 3位(個人・BC1女子/BC1/2チーム)Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 準優勝(個人・BC1女子)Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 3位(BC1/2チーム)Montreal 2024 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)Pattaya 2025 Asia-Oceania Regional Championships - 優勝(個人・BC1女子)Beijing 2025 World Boccia Cup - 3位(個人・BC1女子/BC1/2チーム)Seoul 2025 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)Montreal 2026 World Boccia Cup - 準優勝(個人・BC1女子)【国内大会】第24回日本ボッチャ選手権(2023) - 優勝(個人・BC1女子)第25回日本ボッチャ選手権(2024) - 優勝(個人・BC1女子)第26回日本ボッチャ選手権(2025) - 優勝(個人・BC1女子)第27回日本ボッチャ選手権(2024) - 準優勝(個人・BC1女子)

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【Road to LA28】一戸彩音 × 一戸賢司 #1 「パリの悔しさを、力に変えて。」

Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&amp;テキストにてお伝えしていきます。第二回は、世界選手権を目前に控えた一戸彩音選手と、ランプオペレーターとして支える一戸賢司選手、それぞれに今の思いを聞きました。パリで味わった、あの日の「不完全燃焼」。そこから、何を考え、何を変え、どんな時間を積み重ねてきたのか。「パリから、どれだけ成長できたのか。」選手として。そして、ランプオペレーターとして。2人が語る、あの悔しさの先にある現在地。世界選手権前に2人が語ってくれた想いに迫ります。パリでの経験。悔しさを、力に変えて。<彩音選手>ー パリから2年が経ち、LAまで2年。ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?パリの直後は、悔しい気持ちでなかなか立ち直れなかったんです。燃え尽き症候群のような思いと、燃え尽き切れなかった症候群というか、燃え尽ききらずに終わってしまったというような感覚でした。そこからLAパラリンピックに向けて再スタートを切って、まず2025年はチャレンジしていこうという年にしました。自分のテクニックであったり、戦術であったり、生活面であったり、色々チャレンジした一年でした。そのチャレンジをしていく中で、パタヤのAO選手権では個人3位、ペアで優勝。それからW杯など国際大会で1年間ずっと表彰台に上がってきた中で、なにかふわふわしているというか「自分はここにいてもいいんだろうか?」という感覚でした。今年度は4月にモントリオールW杯に出て、個人戦ではブラジルの選手に負けてしまいました。タイブレークまで持ち込んだのですが、最後はまだ勝ち切る力がないのかなと、あとで痛感しました。ソウルではまず、勝ち切ることを自分の中で意識していきたいと思っています。ー パリで初めて出場したパラリンピック。他の大会とはやはり違う何かがあったのでしょうか?パラリンピックに向けて、多くの選手たちは3年間とか4年間をかけて調整していく中で、私自身は国際大会に出始めてから2年間という中での調整でした。皆さんはもっと熱い気持ちがあったと思うんですが、私は敗退が決まった後も、大会期間中はそこまで悔しいという感覚がなくて、いつの間にか終わってしまったという感覚でした。それで、少し時間が経ってから悔しさが込み上げてきたという感じでした。パラリンピックはパラスポーツの世界では一番大きな大会なので、たぶん自分の中でそこまで意識していなかったつもりが、本当はかなり意識していたんだなと感じました。ー 初めてのパラリンピックは「悔しいとすら思うまもなく、いつのまにか終わってしまった。」その経験を通して改善しなければならないことがより明確になったのでしょうか?角度を変えて、明確に自分に足りないところ、生活面であったり、競技面であったり、メンタル面だったり、全て足りないものは見えたのかなと思います。ー 世界の舞台でも有力選手として認識されてきた実感もありますか?初めの頃は、海外に行っても「この人誰だ?」という感じで、皆さんからもそういう扱いをされていたけれど、最近は「あっ、彩音だ!」みたいな感じで、だいぶフレンドリーに関わるようになっていて、皆さんに認めてもらったというか。有力選手とまではいきませんが、少しは覚えてくれるようになったのかなと思います。二人三脚。ランプオペレーターとして。父として。<賢司選手>ー ランプオペレーター(RO)としてご自身の中で意識していること、変わってきたことはありますか?僕としては、スタンス的には、やはり彼女(彩音選手)をどこまでサポートしていけるか。ランプオペレーターとして競技面では最善のパフォーマンスを彼女が発揮できるように僕も最善を尽くす。というところでは、生活面の中で体調管理については、ちょっとするようになりました。最初はそれほど意識をしていなかったのですが、自分の体調をしっかり管理しないと彼女のパフォーマンスに影響するということを意外と痛感しているんです。年齢を重ねていくと、なかなか身体が言うことを聞いてくれなかったり(笑)。身体を「鍛えている」わけではないのですが、自分の身体がうまく動くようにしています。いざというときに足がつりそうになったり、そういうことでパフォーマンスを落としたくないなと。そういう部分で意識するようにはなりました。あとは、ずっと変わらずなのですが、ボールの調整であったり、ランプなどの道具の調整であったりというところは、人一倍気をつけて意識をして、少しでもボールがまっすぐに転がってくれるように常日頃、行動するようにはなっています。冗談話かもしれないですけど、例えばホームセンターとか100円均一のお店とかに行ったときに「あっ、これ使えるな。」「ひょっとしたらこれランプにこういう風にしたら使えるかな。」と、何かそういう目で見てしまうという。変な感じなんですけど、常にそういうことを意識するようになってきたかなということを感じています。パリ前からもそういうことはあったのですが、より何か今こういうことで困っているということに対して、常日頃からよく考えているので、普段買い物をしているときでもそういうことを、ふっと思ったりするようにはなりました。よくそういうことを彼女にも「これどう思う?」ということをホームセンターなどでも話したりしているような気はします。ー 選手(RO)としてパラリンピック出場を経験したことで、意識が変わったでしょうか?まず、パラリンピックというものに出場させていただいて、その前からたぶん周りの方々が気づいているのか、僕も気づいているのか気づいていないのかっていうのはあるのですが、特別な大会に出るから、「やらなきゃ」という、なにかちょっと変な意識はあったのかなというのは感じています。パリ大会が終わって、彼女も言ってましたけど燃え尽きることもなく、みたいな感じだったんですね。そこまで行けていないという、完全に自分たちの力を発揮できずに終わってしまったなという印象で。帰ってきて、とても悔しいなというのは感じました。現地で負けたとき、ペア戦で予選敗退した時というのはもちろん悔しかったんですが、それよりも帰ってきてからの方が、何か余計に悔しさを感じることが多かったかなと思います。しばらくボッチャはあまり練習しなかったような気がします。あまりボッチャに触れたくないというわけでもないんですけど、ちょっと距離を置こうかなっていう感じはありました。悔しい中にも、燃え尽きてないし、やっぱりもっともっと気持ちを持ち上げて、次のLA大会に向けてと思う気持ちはあるのですが、なかなかついていかなくて。そこでちょっと葛藤している感じで、パリ大会が終わってからしばらくボッチャから離れてゆっくりしたような気はします。(彩音)でも、賢司さんは立ち直り早かったですよ。(笑)早かったかな?(彩音)私の方が引きずってた気がする。LAに向けて、パリ大会が終わってからは国際大会がすぐになかったので、次の大きな大会は日本選手権の本戦でした。そこで勝ち上がっていくことで、また国際大会に出れるかが決まる。やはり、出たいので、頑張らなきゃというところで、ちょっと彩音さんのモチベーションが下がっているところを「やるよ」と促しました。なんというか、ROとして同じ選手としての目線もあり、家族という父親という立場もあり、娘との関係なんだろうなと。親子という関係性とボッチャのROと選手という関係性のバランスがなかなか難しいんですけど、親として怒っているときもあると思いますし、それでも「なんとかやっていこう」と気持ちを持ち上げて、無理やり練習に連れて行ったりとか、そういうところからちょっとずつ持ち上げていったという感じです。変わってきたボッチャに向き合う姿勢と関係性ー パリでの経験を経て、ボッチャに対する向き合い方が変化してきたのでしょうか?(彩音)二人で乗り越える力がついたのかなと思います。(賢司)そうですね。ROって普段は後ろを向いてるので、どういう試合をしているかというのは、実際には見ていないのでわからないんです。それでもずっと練習を一緒にやっていると、彼女のやっていること、ランプをどこに持ってきて、どんなボールを使ったかというところで、練習の中で戦術の共有をしているので、だんだんわかってくるんですね。そこをもっともっと、自分もROなんだけれど「パパだったらどうする?」っていうことをよく聞いてくるようになったかなと思います。それで僕も感じることを「これぐらいでいいんじゃないのかな」とか「こうかな」とか、練習の中で「あそこはこうした方がよかったんじゃない?」というようなことをどんどん言うようになったかなと思います。色々なところで彼女一人が考えるのではなくて、ROですけど、ペアとしてひとつの目標に向かっていくのに選択肢が1つじゃなくて、2つあった方が良い。試合のとき、どちらを選ぶかは、最終的には彼女の選択になるんですけれど、選択肢・違う目線がいっぱいあると、広く見れるのでそういうことを意識するようになったし、お互いによく話をして、練習に挑んでいる感じがします。ー 最後にLA大会に向けても非常に重要な位置付けとなる世界選手権がいよいよ迫ってきました。大会に向けての意気込みをお聞かせください。(彩音)LAに向けて、私は初めての世界選手権でもちろん良いメダルを獲って帰ってきたいですけど、それよりも自分の満足いく観てくださる観客がすごい試合だと、面白い試合だと、そう思っていただけるような試合をしたいと思っています。(賢司)まずはLAの前に世界選手権というところで、ランプオペレーターとして、選手という立場で参加させてもらうので、気を張って彼女のサポートをどこまでしっかりとできるかということをもう一回自分の中で考え直して、改めて気持ちを引き締めて、しっかりとボールの調整から道具の調整、生活面のケアのところまで、やれることはしっかりとやって、楽しんできたいと思います。***** ***** *****プロフィール一戸 彩音(いちのえ・あやね)生年月日:2006年3月26日出身地:東京都クラス:BC3所属:スタイル・エッジ株式会社出身校:東京都小平特別支援学校一戸 賢司(いちのえ・けんじ)生年月日:1967年12月14日出身地:奈良県クラス:BC3所属:スタイル・エッジ株式会社主な戦績【国際大会】・Bahrain 2022 World Boccia Cup - ベスト8(個人・BC3女子)・Montreal 2023 World Boccia Cup - 4位(個人・BC3女子)・Hong Kong 2023 World Boccia Asia-Oceania Regional Championships - 準優勝(個人・BC3女子)・Coimbra 2024 World Boccia Paralympic Qualification Tournament - 準優勝(BC3ペア)・Montreal 2024 World Boccia Cup - 優勝(BC3ペア)・Pattaya 2025 Asia-Oceania Regional Championships - 優勝(BC3ペア)・3位(個人・BC3女子)・Beijing 2025 World Boccia Cup - 優勝(BC3ペア)・ 2位(個人・BC3女子)・Seoul 2025 World Boccia Cup - 優勝(個人・BC3女子)・Montreal 2026 World Boccia Cup - 2位(BC3ペア【国内大会】・第6回全国ボッチャ選抜甲子園(2021)- 優勝(チーム)・第7回全国ボッチャ選抜甲子園(2022)- 3位(チーム)・第24回日本ボッチャ選手権(2023) - 優勝(個人・BC3女子)・第8回全国ボッチャ選抜甲子園(2023) - 優勝(チーム)・第25回日本ボッチャ選手権(2024) - 優勝(個人・BC3女子)・第26回日本ボッチャ選手権(2025) - 優勝(個人・BC3女子)

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【Road to LA28】杉村英孝 #1 「まだ、強くなれる。」

Road to LA28 ー世界選手権、そしてLA28パラリンピックへー8月27日、韓国・ソウルで世界選手権が開幕。2年後に迫るロサンゼルス2028パラリンピック競技大会(LA28)に向け、いよいよ重要な2年間が始まります。そして今年は、世界選手権に続き、愛知・名古屋でアジアパラ競技大会も開催されるなど、LA28への道のりを占う大きな大会が続きます。この企画では、ここから2年間、4名の選手たちを定期的に追いかけ、それぞれの歩みや思いを通して、LA28への道のりをインタビュー動画&amp;テキストにてお伝えしていきます。その第一回は、世界選手権を目前に控えた、火ノ玉JAPAN・杉村英孝選手に直撃。パラリンピック3大会連続メダリストとして、長年日本のボッチャ界を牽引してきた杉村選手。しかし、世界の頂点を目指す挑戦はまだ終わっていません。8月27日から韓国・ソウルで開幕する「Seoul 2026 World Boccia Championships」は、LA28パラリンピックにもつながる重要な一戦。世界ランキング7位の杉村選手が、今大会に懸ける思いとは?「今の自分だからこそできること」「世界で勝つために磨いてきたもの」「成長のための新たな視点」そして、2年後のLA28へ――。世界選手権直前だからこそ聞けた、杉村英孝選手の“本音”に迫ります。パリから2年。ここまでの道のり。ー パリから2年が経ち、LAまで2年。ここまでの道のりはどのようなものだったでしょうか?そうですね。パリ大会から2年が経って、まぁパリが終わった後から、もうすぐLAに向かって動こうっていう気持ちではいたのですが、パリでの振り返りをする必要は、もちろんあるんですけれど、個人戦で8位、団体戦で3位という結果を踏まえて、まだまだ納得できるような結果では自分自身はなかったですし、この悔しさとか、また経験を1つ積んで、またLAに向けて頑張っていきたいなと思っていました。ー 前回王者として臨んだパリ大会では、個人戦に関しては8位。次に向けてまた炎を灯されたのでしょうか?東京大会で金メダルを獲って、連覇の挑戦権というものは自分にしかないものだったと思います。そこを目指して大会に挑んだわけですが、なかなか厳しい結果となって。そんな中で出た課題として、自分自身、まだまだ視野が狭いなと思ったのがパリ大会の振り返りです。競技も20年以上やっていますし、色々な経験も積ませてもらってきていますが、まだなお経験していないことが色々あって、まだまだ視野が狭いなと感じた大会でした。4年後に向けては、そこの部分をちょっと意識して取り組んでいこうかなと思いました。ー 東京からパリまでの準備期間は3年でした。それに比べて、パリからLAへのこの4年間というのは、またちょっと違うものになっているでしょうか?そうですね。パリまでは本当に短く感じましたし、LAについては、今まで通りの4年サイクルでの準備になっていきます。1年でできることというものは、やっぱり多いと思いますので、その1年の中で自分をいかに成長させていけるか。というものが、やはり4年間の過ごし方の中では、あると思います。その1つ1つ、1年1 年の目標や目的をしっかり明確にした上で準備していくことが、4 年後につながっていくのかなという風に思って、今取り組んでいるところです。ー パリ大会以降に出場してきた国際大会では、ここまである程度手応えが得られたものだったのでしょうか?AO選手権では、手応えというか、色々と新たな取り組みですとか、協会としても、また火ノ玉ジャパンとしても、新しい体制の中での初陣だったので、今までとはまた違った中での戦い方というのがあったと思います。また個人としても、いかにその中で自分のパフォーマンスを上げていけるか、ということに取り組み始めた最初の大会でした。さらに強豪がひしめくアジアの中で3位が獲れたということは、自分としては手応えもあった大会になりましたし、ステップアップになる大会になったのかなと思っています。「まだ、強くなれる。」個人として得た課題とチームとして得た自信ー その後、W杯では北京大会はプレーオフで敗退、ソウル大会はグループラウンドで敗退と、2大会連続そういう結果も続きました。この経験はどう捉えていますか?そうですね、北京に関しては、コートとか外的環境も含めた対応がなかなかしきれなかった部分がありました。そういった面もありますし、ソウル大会については、本当に7年か8年ぶりに予選敗退を喫してしまいました。試合に入るまでは割と調子もいいというか、「あっ、これ行けるかな」という感覚があった中での、予選敗退だったんです。自分自身は足元を掬われたわけではないとは思っているのですが、自分がうまくいっていても、更にそれを超えるパフォーマンスを相手選手はやってきました。その中で自分が対応しきれなかったというのもありましたし、精神的な部分から、崩れてしまった部分もあったのかなという風に思います。そういった部分で、修正力という部分でも、まだまだ足りない部分を感じた大会になりました。2025年は、3つの大会に出させてもらった中での、そういった経験というものが、また自分の日頃の練習とか、合宿などでの取り組みに繋がっていると思います。やはり失敗から得られるものって、成功した時よりも多く得られると思うし、それが身になってるように思うので、少しクリアして、また自分がパワーアップできるように、取り組んでいる段階かなというところですね。ー 直近では今年に入ってからW杯モントリオール大会で銅メダルを獲得。チームとしても全クラスがメダルを獲るという大会となりました。杉村選手自身としても、チームとしても、世界選手権に向けて勢いを感じられる大会となったのでしょうか?そうですね。モントリオールについては、参加した選手全員がメダルを獲るというこれまでにない快挙を成し遂げることができました。その部分については自信を持っていいと思うし、モントリオールに向けては個々のパフォーマンスをどうしたら上げていけるだろうかと考えて取り組むことに焦点を当てて、みんなが取り組んでいました。そこに対して、選手、スタッフ含めて、考え、色々試しながら、行動ができたと思っているので、それが形になっていくことはすごく大きいと思いますし、さらに質を上げていくことで、また次に繋がっていくと思えた大会でした。チーム戦レギュレーションの変更がもたらす変化ー チーム戦もパリ大会で銅メダルを獲得してから、次のLA大会に向けて、同じクラスからは2人出ることができない形にレギュレーションが変わりました。この点に関する影響をどのように受け止めていますか?そうですね。 レギュレーションが変わって同じクラスから2人出られなくなったということで、パリ大会の時のチーム構成では、今後ルールが戻らない限り出ることはできません。その組み合わせが作れないようになってしまったのですが、その部分については、正直残念というか、悔しいというか。実際、廣瀬君とずっと長い間チームを組んで戦ってきたので、 個人としてもチームとしても、悲願としては「パラリンピックのチーム戦で金メダルを獲る」ということで、みんな取り組んできたので。そういった部分では、その構成では叶えることができなかったというのが、やっぱり悔しい部分ではあります、でも、新しいレギュレーションで、新しいメンバー構成の中でも、チームとしての強みとか、今までにはなかった「できること」とかがまたあると思います。それはまだまだ探している段階ではありますが、1人1人の違いを強みに変えて、また新しいチームを、作っていくことができたらいいなと思っています。今、チーム全体として、誰が出ても、どういう組み合わせであっても、チームとして成り立つ、試合に挑める、そして勝てるチームをつくっていくという方針なので、ルールはルールとしてしっかり受け入れて、LA大会に臨みたいなと思います。ー 廣瀬選手と杉村選手が一緒にチームとして組むことはもう叶わないということになり、2人が1つの枠を争うということにもなります。廣瀬選手とのライバル関係という点についてはどう考え、感じられてますか?そこはルールどうこうよりも、これまでもずっと、廣瀬君とは日本一を争わせてもらっていますし、日本選手権での優勝の意味合いというものがどんどん大きくなってきていると思います。だからこそ、お互いが負けられないという強い気持ちを持っていると思います。もちろん、人間なのでミスもあるし、うまくいかないこともありますが、お互いに日本選手権の舞台で、最高のパフォーマンスを見てくれてる方々に届けるということを自分は持っているし、きっと廣瀬君も持っていると思います。その中でお互いが切磋琢磨しあって、日本のレベルを見せていくことが、その先の火ノ玉JAPANの強化にもつながっていくと思います。そういう気持ちで、日本選手権に臨ませてもらっています。ー 一方、チーム戦ではパリ大会でブレイクした遠藤選手が世界ランキング個人で1位(インタビュー実施時点)。すごく頼もしい存在になっているのではないでしょうか?遠藤選手には、彼女の強みがあるので、そのストロングポイントを最大限に生かして戦っている。その結果が世界ランク1位なのかなと思います。そこに加えて、やっぱり彼女の明るさとか、チームを和ませてくれるキャラクターとか、そういうものも含めて、信頼も置けるし、尊敬している選手の一人ですね。多様な戦い方や考え方に触れることで広がる視野ー パリ大会以降で環境面や競技面でレギュレーション以外ではなにか変化はあったでしょうか?そうですね。最初に言ったようにパリ大会では視野が狭かったということを先ほどお話しさせてもらいましたが、そういう意味でパリ大会以降、健常のアスリートの方々との練習機会や試合の機会を増やしています。また地域練習会などに出向いて、いろんな選手と対戦する中で、色々な戦い方とか、考え方を学ばせてもらっている。そんな機会を作っています。他にも、Bチャレにも参加をさせていただき、コーチ講習やトレーナー講習を受けさせてもらっているのですが、 コーチやトレーナーの方々の目線、ボッチャに対する考え方、関わり方、選手に対する関わり方というものを知ることも大切だと思い、積極的に参加するようになっています。そうすると自分の競技環境だけでは得られないもの、発見や気づきといったものがあるので、それを自分の中に吸収しています。競技をするだけではなくて、いろんな観点からボッチャを感じられることによって、試合で生かせることがあるのではないかと思っています。そういうところからも、自分の視野をどんどん広げていけたらいいのかなと思っています。ー 最後にLA大会に向けても非常に重要な位置付けとなる世界選手権がいよいよ迫ってきました。大会に向けての個人的な意気込みとキャプテンとして火ノ玉JAPANとしての意気込みをお聞かせください。やっぱり世界選手権は、ロサンゼルスパラリンピック出場に向けて、やはり勝たなければいけない大会だと思ってますし、勝つことで、ぐっと近づいてくる、というところは間違いないと思います。そういった部分で「勝ちにこだわる」ことを自分自身は考えています。火ノ玉JAPANとしても、常に挑戦の気持ちと感謝の気持ちを持って取り組んでいます。地元の練習ですとか、火ノ玉JAPANとして取り組んできているものを出し尽くすことで、結果がついてくるのかなと思っています。やっぱりチームは、ひとつになることで強くなれると思っているので、私たち選手・スタッフだけではなくて、応援してくれる方々も含めて、本当 に1つに結束して、大会に挑んでいきたいなと思っています。ですので、また多くの方から熱い応援を、後押しをいただきながら、戦っていきたいなと思っています。***** ***** *****プロフィール杉村 英孝(すぎむら・ひでたか)生年月日:1982年3月1日出身地:静岡県クラス:BC2所属:TOKIOインカラミ出身校:静岡県立中央特別支援学校主な戦績:パリ2024パラリンピック BC1/BC2チーム 銅メダル東京2020パラリンピック BC2男子 金メダル東京2020パラリンピック BC1/BC2チーム 銀メダルリオ2016パラリンピック BC1/BC2チーム 銅メダル

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