
「一緒があたりまえ」の社会の実現を目指す日本ボッチャ協会(JBoA)は、2025年度から社会連携プロジェクト「BETTER TOGETHER」をスタートしました。
多様なパートナーとの取り組みや、そこから生まれる変化や想いを伝えるウェブ企画が「BETTER TOGETHER Stories」です。JBoAとの活動を通じて感じたことや、その取り組みがもたらしたインパクトを、当事者ご本人の言葉でお届けします。
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記念すべき第1回にご登場いただくのは、東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本グループ)代表取締役副社長の伊藤敦子氏。
JR東日本グループは2019年から日本ボッチャ協会とパートナーシップを締結し、ボッチャ日本代表「火ノ玉JAPAN」の強化合宿施設の提供や、グループ内ボッチャ大会の開催などを継続してきました。
2025年大会では、904チーム・3,402名が参加するまでに成長。なぜボッチャはこれほどまでに社員の心をつかんだのでしょうか。そして、その先に見据える「共生社会」とはどのような姿なのでしょうか。
火ノ玉JAPANの強化合宿が行われていた同社研修センターにて、伊藤副社長にお話を伺いました。
「オリパラの熱量を、一過性で終わらせたくなかった」
ーー JR東日本グループは現在、3,000人を超える社員が参加するボッチャ大会を開催されています。そもそもボッチャとの出会いはどこから始まったのでしょうか。
最初のきっかけは、東京2020オリンピック・パラリンピックのスポンサーにならせていただいたことでした。オフィシャルパートナーとして関わる中で、さまざまなスポーツに触れる機会がありました。その一方で、「あれだけの熱量を、オリパラだけで終わらせてしまうのはもったいない」と感じていたんです。
当時、私自身も社内でオリパラ関連のチームを所管していましたので、大会の機運醸成も大きなミッションでした。だからこそ、この熱量を次の世代にも残していけないかと考えていました。
レガシーとして何を残すべきかを考えたとき、私たちの事業は多くのお客様に支えられ、地域に根ざして成り立っています。そう考えると、皆さんとともに生きていく「共生社会」という考え方は非常に大切な概念です。
では、それを残せるものは何か。そう考えた結果、たどり着いたのがボッチャでした。
参加者3,402人。なぜ社内ボッチャ大会はここまで広がったのか

ーー JR東日本グループの日本ボッチャ協会との取り組みとして、社内ボッチャ大会は欠かせない存在です。この大会はいつ頃から始まったのでしょうか。
JR東日本グループボッチャ大会は2019年から始まりました。2021年はコロナ禍で実施できませんでしたが、これまでに6回開催しています。
直近の2025年大会では、904チーム、3,402名が参加しました。2019年は343チーム、1,286名だったので、当初の約3倍にまで成長しています。
ーー 社内のボッチャ大会をこれだけの規模へ成長させることができた理由は、どこにあると感じていますか。
大会への参加を社員に強制しているわけではありませんし、グループ内にはボッチャ以外にもさまざまなクラブ活動があります。ただ、今日も火ノ玉JAPANとの交流を見ていて感じたのは、「初対面同士でも短時間で一体感が生まれる」ということでした。今日プレーしていた社員たちも、実はほとんどが初対面です。それでも同じコートを囲み、プレーを見守るうちに自然とチームになっていく。
なぜそうなるのだろうと考えると、やはりボッチャのわかりやすさにあると思うんです。
ジャックボールに向かってボールを近づける。ルールはとてもシンプルです。だからこそ初めて会った人同士でも自然にコミュニケーションが生まれます。そこが、多くの人に受け入れられ、短時間で一体感が生まれる理由なのではないでしょうか。今日改めて、ボッチャのすごさを感じました。
「共生社会」と言わなくてもいい社会を目指したい
ーー パートナーシップを組む以前から、ボッチャという競技をご存知でしたか。
正直に言うと、私自身はそれほど詳しくありませんでした。オリパラの機運醸成が始まってから、一気にグループ全体がボッチャにのめり込んでいったというか、ボッチャ沼にハマっていったという感じですね。
駅や乗務員の複数の職場にはボッチャのミニコートが置かれ、休憩時間ににプレーする光景も見られました。それくらいボッチャが身近な存在になっていたんです。また、トヨタ自動車さんの東京本社でボッチャコートを見かけたときは、「これは負けていられない」と思って、JR東日本の本社入口にもコートをつくったりしました(笑)。
ーー 駅や地域にも活動が広がっていますが、その先にどのような社会を思い描いていますか。
そうなんです。例えば八王子駅では、駅長や社員の皆さんが本当にさまざまなアイデアを出してくださるんです。近隣の大学とも連携したりしていたので、「利用者の皆さんも巻き込んでボッチャをやってみたら?」と話したところ、本当に実現してくれました。山形駅でも駅前で体験会を開催してくれています。
こうした活動の先に私が思い描くのは、「共生社会」という言葉をあえて使わなくてもいい社会です。
私の名札には「サービス介助士」と書かれていますが、本来はそうした肩書がなくてもいいはずです。身体的なハンディキャップの有無に関係なく、困っている人がいたら自然に手を差し伸べる。そんな社会になれば、日本全体がもっと豊かになると思っています。
今は「共生社会」や「サービス介助士」という言葉を掲げながら取り組んでいますが、いずれは空気のように当たり前の存在になっていけばいい。もちろん道のりは長いですし、越えなければならない山も高い。でも、十分に取り組む価値があるものではないかと思っています。
「完全バリアフリーの施設を探していた」代表選手たちが驚いた研修センター
ーー JR東日本グループの取り組みの原点とも言えるのが、火ノ玉JAPANへの合宿施設提供です。どのような経緯で始まったのでしょうか。
JBoAのパートナーになってから関わりが深まった大きなきっかけのひとつが、この研修センターで日本代表チームが合宿をしてくださるようになったことでした。私は、そこからさまざまな広がりが生まれたと思っています。
これをきっかけに社員が大会のボランティアに参加するようになったり、職場にボッチャのミニコートができたりしました。そういう意味でも、この施設で合宿を実施していただくようになったことは非常に大きな出来事でした。
ーー その中で特に印象に残っているエピソードはありますか。
合宿が始まった2019年頃のことですが、今でも忘れられない話があります。杉村選手をはじめ代表選手の皆さんから、「完全バリアフリーの施設を探すのは意外と難しい」と伺ったんです。
施設の案内には「完全バリアフリー」と書かれていても、実際に行ってみると小さな段差があったりして、本当に不自由なく利用できる施設は決して多くないそうです。そんな中で、この研修センターと宿泊施設について、「完全なバリアフリーで自分たちにとっては非常にありがたい」と言っていただきました。
この施設は2000年にオープンしています。当時は今ほどパラスポーツや共生社会という言葉が広く認識されていたわけではありません。それでも、私たちの先輩たちがこうした施設を整備していた。その事実には私自身も感じるものがありました。同時に、そこから20年以上が経った中で、私たちにはまだまだやるべきことがたくさんあるとも感じたことが、とても印象に残っています。
ーー 2000年当時にそのような施設が整備された背景には、どのような考えがあったのでしょうか。
体育館自体は研修生の利用を目的として整備されたものですが、宿泊設備については開設後にバリアフリー対応を進めました。背景には、多様な社員を受け入れていこうという考え方がありました。その取り組みが巡り巡って、今こうして日本代表チームのお役に立てているというのは、本当に感慨深いですし、嬉しく思います。
余談ですが、日本代表の皆さんから「この体育館は本番のコートに近い環境で練習できる」と言っていただいたこともありました。どこまでリップサービスかわかりませんけれど(笑)、それだけしっかりした施設を整備できたということだと思いますし、私たちとしても誇りに感じています。
ボッチャが変えた、社員同士の距離感
ーー ボッチャを通じて、社内にはどのような変化が生まれていますか。
まず何より、ボッチャに関心を持つ社員が本当に増えました。
職場に設置されたコートもそうですし、「大会に出てみよう」という声も年々増えています。その結果、チーム数も参加者数もどんどん増加しているということなんです。ボッチャは、特別な準備も必要ありませんし、特別な服装もしなくていい。そうした気軽さも魅力のひとつだと思います。
さらに、ボッチャをきっかけに社内にはパラスポーツボランティア部も誕生しました。
部を立ち上げるには50人以上の参加が必要なのですが、あっという間に人数が集まり、今では社内大会だけでなく各地域の大会運営などにも携わっています。
私自身が大きな変化だと感じているのは、パラスポーツや障がいのある方との距離感です。気がつけば、障がいの有無に関係なく、みんなが同じコートでプレーしている。そこに特別な意識はありません。
私は、「違い」を強く意識し始めると、その先のコミュニケーションが難しくなることもあると思っています。もちろん違いはあります。でも、その違いを必要以上に意識しなくても、一緒に楽しみ、一緒に取り組める。ボッチャには、そんな力があるのではないかと思います。
ーー 社員だけでなく、企業として感じている意義はありますか。
私たちは民間企業ですから、利益を生み出し、地域や社会、そして株主の皆さまに還元していくことが第一の使命です。一方で、それだけではないとも思っています。
「共生社会」という言葉を今は使っていますが、そうした社会をつくっていく中で、JR東日本グループが少しでもお役に立てるのであれば、それは大きな意義のあることです。
経済的な価値だけではなく、社会的な価値を生み出していく。そうした取り組みが、社員一人ひとりにとっても「この会社で働いていて良かった」という誇りにつながるのではないかと考えています。
人生は仕事だけではありません。こうした活動を通じて得た経験や価値観が、仕事以外の場面でも生きていけばいいなと思っています。
ボッチャとともに描く未来
ーー 最後に、日本ボッチャ協会との共創を通じて実現したい未来や、ボッチャに期待していることを教えてください。
ボッチャはルールがわかりやすく、誰もが取り組みやすいスポーツです。だからこそ、「パラスポーツだから」と構えることなく、多くの人に親しまれていく競技だと思っています。
そして、その競技を通じて、さまざまなハンディキャップを持つ方々と一緒に地域をつくり、一緒に人生を歩んでいく。そんな意識の変化につながっていけば嬉しいですね。
日本ボッチャ協会との活動やボッチャの普及が、そのきっかけになってくれることを期待しています。

編集後記:
インタビュー後の雑談で、伊藤副社長が語ってくださった、海外出張の際、スイスで目にしたという光景が印象に残りました。
夕暮れ時の公園に人々が集まり、誰に促されるでもなく自然とボールを使った競技を楽しんでいたといいます。特別なイベントでも、競技会でもない。誰もが自然とスポーツを楽しむ光景が、日常の風景として溶け込んでいる社会。それは、まさに「一緒があたりまえの社会」を体現しているようにも感じられます。伊藤副社長が語る「共生社会」とは、そうした特別ではない日常の積み重ねなのかもしれません。
日本中の人々の移動や暮らしを支えるJR東日本グループだからこそ、「一緒があたりまえ」の社会を実装することへの強い必然性を感じるインタビューでした。
インタビュアー:小倉大地雄